方向音痴な言説

地図・ナビゲーションにまつわる俗説を取り上げます

どこまで正確に目的地の方向がわかるか

 ツールを一切用いず、純粋に感覚のみで、人間は見えない目標物の方向がどこまで正確にわかるか − 私は以前、そんなテストをしてみたことがあります。
 被験者はわずか2名(笑)、しかもそのうち1名は私自身です(爆笑)。テスト内容は以下の通り。 

【概要】
建物の中から、諸施設(最寄り駅の改札口、ホームセンター、市役所など)10箇所の方向を感覚のみで判断し、実際の方向と合致しているか検証する。 

【条件】
・建物は被験者のよく知っている場所である。
・建物の窓から諸施設を直接見ることはできない。
・建物の窓から主要幹線道路が見えている。
・諸施設は建物から半径10km以内の距離にある。
・諸施設は被験者がよく行く場所である。 

【手順】
1. 諸施設10箇所の方向を感覚のみで判断し、机上に固定した紙に矢印でプロットする。
2. 1.の作業終了後、地図とコンパスを用いて実際の方向を検証する。 

【評価】
正解、やや正解、やや不正解、不正解の4段階で評価する。
・正解 : 実際の方向から ±10°(合計20°)未満
・やや正解 :実際の方向から ±10°以上 ±45°未満
・やや不正解 : 実際の方向から ±45°以上 ±90°未満
・不正解 : 実際の方向から ±90°以上 

 被験者2名のうち1名は私(蝉丸)であることは前述の通り。もう1名はベテラン宅配ドライバーのAさん。近隣の街のありとあらゆる裏通りまで知り尽くしていて、住所表記ひとつですぐに辿り着けるような人です。さて、結果や如何に。 

名前 正解 やや正解 やや不正解 不正解
私(蝉丸) 2箇所 2箇所 6箇所
Aさん 1箇所 3箇所 5箇所 1箇所 

 成績悪っ!
 私の場合、すべてプラスマイナス90度(合計180度)以内の範囲に収まりました(要するに、施設の位置を反対方向に勘違いしたケースは無かった)。180度以内の範囲に絞り込むことができれば、あとは当てずっぽうでも9分の1の確率で正解しますから、10箇所中2箇所を正解したのは、単なる まぐれ当たりでしょう。
 Aさんは、1箇所ほど不正解しています。該当施設は、主要幹線道路が緩やかに弧を描きながら最終的に90度近く方向を変えた先に位置します。交差点で直角的に曲がるわけではなく、道なりに沿っているので、直線的に思えてしまい、判断を誤ったものと考えられます。あとは大体、私と似たりよったりです。
 なお、【条件】の項に記載した通り、建物は私たちがよく知っている場所に位置し、且つ窓からは主要幹線道路が見えています。もしこれが、知らない建物内の奥に位置する窓の無い部屋であれば、プラスマイナス90度以内の範囲に回答できる自信は、私には全くありません。1箇所不正解すれば、芋づる式に全部不正解する可能性があります。
 このテストは、私とAさんにとって、自分の方向感覚がいかに悪いかを再確認する意義がありました。

 たった2例をもとに、人間一般の方向感覚について語ることは、もちろんできません。とはいえ、この2例を叩き台にしてあれこれ考察してみることが無駄だとも思いません。 

 私たち(Aさんと蝉丸)は、目的地の方向を45度以上も勘違いしていることが結構あることがわかりました。にもかかわらず、私たちは全く迷うことなく、行き慣れた目的地に辿り着きます。これは、方向情報がそれほど重要ではないことを示唆しています。たぶん、風景記憶や目印情報、目印が現れる順番などを参照して行動しているのでしょう。無自覚にやっていることなので、自分でもうまく言語化できませんが。
 仮に、目的地の方向を10度の誤差で当ててみせて、ぎりぎり正解だったとします。ところが、10度もずれた方向へ1kmも行けば、正しい目的地からは150m以上も外れてしまいます。これでは、まともなナビゲーションになりません。しかし、やはり私たちは正確に目的地に辿り着きます。市街地では、道路以外の場所を進みようがありませんから、目的地へと通じる道路を行けば、少々方向感覚がずれていても大丈夫です。一見推測航法をメインにしているように見えても、実は、道路というランドマーク(目立った特徴物・目印)に沿って進む「ランドマーク航法」をメインにしているわけです。 

 私たちの方向感覚が平均的なのか、人並み以上なのか、人並み以下なのかはわかりません。
 平均以上だと仮定した場合 ・・・ 一般より方向感覚が優れていてさえ、この程度です。「男は方向を正確に把握している」という巷の俗説は誤りであると断定してよいでしょう。
 平均以下だと仮定した場合 ・・・ 劣った方向感覚の持ち主であっても、経験を積み、ツールの使い方を練習し、風景記憶や目印情報を活用すれば、地元の人ですら知らないような裏路にも難なく辿り着けたり(Aさんの場合)、踏み跡の無い山中をナビゲーションしたり(私の場合)できます。したがって、「ナビゲーション能力は、持って生まれた方向感覚の良し悪しで決まる」という説も怪しくなります。「優れた方向感覚の持ち主」のほとんどは、複雑な裏通りで迷いますし、踏み跡の無い山中では遭難します。