方向音痴な言説

地図・ナビゲーションにまつわる俗説を取り上げます

「ドボン」に はまる人たち

 「私は念力で空中浮揚できる!」と本気で信じている人のように、根本のところで異常な勘違いをして、出来もしないことを出来るかのように思い込むことを、私の周辺では「ドボン」と呼んでいます。 

 ナビゲーション関連では、方角のドボンに嵌る人が結構多いものです。「自分は窓の無い部屋にいても北の方角がわかる」などと豪語するような人です。本当にそうかは、不意討ちで、「では北の方向を指差してください」と言ってみて、その場でコンパスと照合すれば(私は近場以外の場所に行くときは大抵コンパスを携行しています)すぐに検証できます。読者の方々も予想がつくでしょうが、これが見事に外れるわけです。自信満々に、90度以上もずれた方角を指差すツワモノもいます。で、「人間は磁性体ではないから、方角がわからなくて当然。むしろ、わかりもしないことをわかるかのように思い込む方が恥ずかしい」と説得してみます。説得がうまくいくとは限りませんが。
 方角のドボンに嵌った人の話を聞いてみると、さらに問題点がはっきりしてきます。ドボンな人たちは、別に、いつもコンパスを携行していて、自分の感覚とコンパスの指す方向がよく一致していたから、「自分は方角がわかる」と確信するに至ったわけではありません。要するに、経験則ですらない。「自分は方角がわかっているはず」という思い込み以外の根拠が全く無く、「検証」という手続きが完全に抜け落ちています。「俺が北だと思った方向が北だ」メソッドなら、そりゃ外れっこないって。「でも、道に迷ったりしないから、方角もわかっているはず」というのも、全く根拠になりません。このブログでも再三述べてきましたが、方角がわかっていなくても(現にちっともわかっていない)、風景記憶や目印を頼りにすれば、道に迷わないからです(→関連記事)。 

 面白いことに、地図が読める人(中級〜上級)は、地図が読めない人(一般〜初級)に比べて、ドボン率が圧倒的に低いものです(一般・初級・中級・上級の定義は「地図が読める人」って、どんな人?参照)。地図が読める人は、自分に出来ることと出来ないことをきちんと理解できているからでしょう。
 したがって、「自分は知らない場所でも東西南北がすぐわかる」と自己申告する人より、「知らない場所では、コンパス無しでは東西南北がわからないことがある」と自己申告する人の方が地図を読む能力が低いとは言い切れないわけです。もしかしたら、前者よりも後者の方が圧倒的に地図を読む能力が高いかもしれません。