方向音痴な言説

地図・ナビゲーションにまつわる俗説を取り上げます

研究結果は如何にして不正確に広められるか

 前回の記事では、ドリーン・キムラの研究を紹介しましたが、これが大手メディアや口コミによってどう歪曲されて広まっていくか、格好の事例が存在します。フジテレビ系列で1999年2月4日に放映された『江角マキコの恋愛の科学』です。 

・『江角マキコの恋愛の科学』 1999年2月4日放映分
http://www.g-one-net.co.jp/los/past/16.html 

 番組内容を引用しておきます。是非、元研究と読み比べてみてください。 

カナダの科学者ドリーン・キムラが興味深い実験を行っています。
男女数名を対象にドライブに行くというシチュエーションを設定。
地図を用意し、指定したルートに従って正しく目的地に着けるかどうかを調べました。その際、到達までの所用時間、ルートを間違った回数などを記録していくと、女性より男性の方が圧倒的に成績が良かったのです。
この実験結果から、男性は方向感覚や空間認識能力に優れており、逆に女性は空間を立体的に把握するのが苦手と考えられます。
故に、ドライブは男性の能力の優位性、いわば男らしさをアピールするのに絶好の場といえるのです。

 番組の紹介文 だ け 読めば、誰もが、実際に現地でナビゲーションさせる実験を行ったのだと解釈するでしょう。まさか「紙の上の迷路ゲーム」であったとは、思いもしないはず。もう少し細かく見ていきましょう。 

男女数名を対象に

 正確には、男子大学生49名、女子大学生48名。この手の番組で「誇大」はあっても「誇小」は考えにくいので、「男女数十名」の誤記ではないかと好意的に解釈しておきましょう。  

到達までの所用時間、ルートを間違った回数などを記録していくと、女性より男性の方が圧倒的に成績が良かったのです。

 正確には、
  到達までの所用時間 男性3.0分 女性3.7分
  ルートを間違った回数 男性5.1 女性6.5
 明らかに男性の方が女性より成績が良いのですが、これで「圧倒的」と普通言うか? しかも、現実のナビゲーションとは何の関係も無いことです。  

この実験結果から、男性は方向感覚や空間認識能力に優れており、逆に女性は空間を立体的に把握するのが苦手と考えられます。

 考えられません。実験デザインそのものに欠陥があるため、実験結果からは何も言えません。 


 キムラの研究(キムラの名前を出していないが、キムラの研究であろうと推測されるものも含む)について言及しているウェブページやブログを検索してみると、出るわ出るわ、不正確な記述が。紙の上での線なぞりであったことをきちんと書いているケースもありましたが、現実のナビゲーション実験であるとしか受け取れないような記述をしているケースの方が多く見られます。「男は方角と距離で、女は目印で道順を覚える」と書いているケース、さらに逸脱して「男は空間認識能力に優れているので上空から俯瞰したようにルートをいっぺんに把握できるが、女は目の前の目印ばかり見ているので方向音痴」と書いているケース、さらにひねって「目印を覚えようとする人は方向音痴。方向感覚の優れた人は方角と距離だけで到達できる」と書いているケースまで。もう、何が何だか。 


 キムラの研究の場合、元々が問題のある研究であったのが、さらに歪曲されて広められたと言えますが、たとえきちんとした研究であっても、一般向けの宣伝記事で歪められてしまうことは十分あり得ます。注意したいところです。