方向音痴な言説

地図・ナビゲーションにまつわる俗説を取り上げます

一本道であっても、道迷い遭難は起こる

 山においては、毎年多くの道迷い遭難が発生しています。警察庁から年度毎の遭難概況が発表されています。

・警視庁生活安全局地域課
 平成22年度中における山岳遭難の概況 (PDF形式)
 http://www.npa.go.jp/safetylife/chiiki28/h22_sangakusounan.pdf

 平成22年度の全遭難者数2,396名中970名(構成比40.5%)が道迷い遭難で、遭難態様としては最も多く、二位の滑落402名(構成比16.8%)を大きく引き離しています。 

 遭難者として統計数値に表れるのは、警察や消防団が出動した場合のみで、山小屋のスタッフや山岳パトロール員、山岳会などが誘導して救出したケースは含まれないので、表面化しない道迷い遭難もそれなりに存在するのではないかとも言われています。さらに、これも昔からよく言われていたことですが、滑落や転落として分類されている遭難者の中には、実は道迷い遭難者も含まれているのではないか、という推測も成り立ちます。道に迷って悪場に入り込んだ挙句に滑落した場合、統計上は「滑落」に分類されますが、遭難の発端になったのは「道迷い」です。 

 発表された数値だけでは、どこでルートを外して道迷いしたのかは全くわかりません。ただ、よく整備された登山道で、しかも一本道であっても、人はいともあっさり登山道を外れて道迷い状況に陥る、ということは覚えておいていいでしょう。
 山登りをしない人は、なぜ一本道で迷うのか、なかなか理解しにくいかもしれません。道路上での道迷いといえば、曲がり角を間違って別の道に入り込むことぐらいだからです。自分では道路上を歩いているつもりだったのが、気がついてみれば、いつの間にか道路でない場所を歩いていた − 例えば、知らない人の家の中を歩いていたり、或いは田んぼの中を歩いていたり − なんてことは、まず考えられないでしょう。しかし、山ではそれに該当することが普通に起こり得ます。 

 足元など見なくても歩ける舗装道路とは違って、登山道では足元を見なければ歩けないことが多いのです。転倒しただけで骨折・捻挫という重大事になることもあるので、一歩踏み出すたびに、次の一歩はどこに置くか素早く判断しながら歩くこともよくあります。結果として、視野が極端に狭くなり、周囲を見ていない状態に陥りやすくなります。足元だけ見ているか、見たとしてもせいぜい真っ直ぐ前方だけで、左右を全く見ていなかったりすると、ほんの些細なきっかけで登山道を外してしまいます。5歩〜10歩おきに視線を上げ(顔まで上げなくていいから、目玉だけ上げる)、左右に目を走らせるだけでも、「登山道外し」はかなり防げそうです。次回は、実際に登山道を外した(または外しそうになった)具体的実例を元に、ちょっとしたことが道迷いの発端になり得ることを見ていきましょう。