方向音痴な言説

地図・ナビゲーションにまつわる俗説を取り上げます

登山道を外すとき

 前回の記事の続きです。
 私の知人が実際に登山道を外した(または外しかけた)3件の事例を、以下に紹介します。3事例とも、はっきりした踏み跡がついている登山道上で起こったものです。

Aさんの場合 − 直進方向についた踏み跡に気を取られる

 Aさんが先行し、私が後続して、山腹をトラバースする登山道を上っていた途中、Aさんが立ち止まり、「道が無い、無い」と言って慌て出しました。登山道は90度近く左に折れ曲がっていたのですが、直進方向についた踏み跡が数メートル先で消失していたので、前しか見ていないと、急に道が消えたように思えます。もちろん、ちょっと視線を左にずらせば、ちゃんと登山道は続いているのが見えます。
 直進方向についた踏み跡は、何人もの先行者たちが、登山道の屈曲に気付かず、うっかり直進してしまったことを物語っています。幸い、間違った踏み跡は数メートル程度しか続いていませんでしたが、次々と間違う人が出る度に踏み跡も成長し、ついには直進方向に突撃してしまう人も出現するかもしれません。
 

Bさんの場合 − 尾根から外れる

 Bさんが先行し、私が後続して、尾根上の登山道を上っていた際、尾根が右側に屈曲する地点で、Bさんは躊躇することなく直進方向についていた踏み跡に入っていきました。尾根の屈曲を見落としたようです。もちろん、ちらっと右側に視線をやれば、正しい登山道がちゃんと見えていました。
 直進方向の踏み跡は、明らかに尾根を外して山腹をトラバースしています。Bさんには事前に、道はずっと尾根上についていることを再三説明していたのですが、Bさんはルートを外したことに全く気付いていません。特に危険も無さそうだったので、しばらく黙ってBさんについていくことにしました。
 進むにつれ、次第に踏み跡は薄くなり、ヤブが濃くなっていきます。踏み跡がほとんど無くなり、歩行に支障をきたすほどのヤブ漕ぎ状態になって、ようやくBさんもルートミスに気付きました。
 

Cさんの場合 − 登山道と間違えて涸れ沢を下る

 単独で、山腹をトラバースする登山道を下っていたCさんは、砂利の転がった涸れ沢を登山道と間違え、そのまま下っていった模様。下りの傾斜がきつ過ぎるとは感じたものの、最初のうちは登山道を外したことに全く気付かなかったとのこと。かなり下りたところで、身の危険を感じるほど傾斜がきつくなったので、道迷いしたことを確信し、再度上り直して正しい登山道に復帰したそうです。
 Cさんは、自分が道迷いした地点を地図上で特定することができなかったので、後日、同じルートを辿って、該当地点を探し出してみることにしました。Cさんは同行していなかったので確認は取れなかったものの、Cさんが登山道を外したと思われる地点を発見しました。山腹をトラバースする登山道が小さな涸れ沢(※注)を横切る地点で、沢には握り拳よりやや小さめの砂利が散らばり、登山道のようにも見えます。正規の登山道である踏み跡は、涸れ沢を横切る地点でいったん消失しますが、左斜め前5メートル足らず先に、踏み跡の続きがはっきり見えています。
(※注) 流水によって削られた地形であれば、実際に水が流れていようがいまいが、「沢(または谷)」と呼びます。涸れ沢は、雨が降った時だけ水が流れます。 

 地図で確認したところ、この沢は、標高を60メートル下げたあたりで、崖といっていいほどの急傾斜になっています。Cさんが道迷いに気付いた地点だと思われます。確認のため、そこまで下りてみることにしました。
 Cさんの証言通り、最初のうちは、傾斜がきつ過ぎるものの、まあ普通に歩いて下りることができますが、やがて、ザイル無しで下りるのは危険なほどの急傾斜になります。もしCさんがここを強引に下っていたら、ただでは済まなかったでしょう。 

 自分が道迷いした地点を地図上で特定できなかったことからもわかるように、Cさんはあまり地図が読めません。しかし、手遅れになる前に道迷いに気付き、引き返すことで、大事には至らせずに済んでいます。
 せっかく下りてきた急な沢をまた上り直すのは、体力的にも心理的にも大きな負担となります。どれだけ上り直せば正規の登山道に復帰できるのか皆目分からない状況では、なおさらです。人によっては、上り直しの精神的負担に耐えかねて、そのまま下ってしまうこともあるかもしれません。Cさんの冷静で的確な判断力が危険を回避させたといえます。