方向音痴な言説

地図・ナビゲーションにまつわる俗説を取り上げます

方向音痴な人は、本当に動くものを目印にしているか

 例えば、算数の苦手な小学生がいるとします。算数の授業が終わったあと、その子に、どんなことを覚えていたか質問したところ、
「校庭でよそのクラスの子がサッカーをしていた」
「隣の席の子がノートにマンガを描いていた」
などと答えたとします。だからといって、 

 算数の出来ない子は、サッカーやマンガを算数だと思っている。 

と結論付けたりしたら、失笑を買うのがオチです。サッカーやらマンガやらに気を取られて、先生の説明をろくに聞いていなかったのだろう、と解釈しますよね、普通は。 

 では、来た道を戻ることの出来ない方向音痴な人に対して、何を覚えていたか質問したところ、
「親子連れが歩いていた」
「赤い車が停まっていた」
「三毛猫が寝ていた」
などと答えたとします。だからといって、 

 方向音痴な人は、動くものを目印にしている。 

と結論付けたりしたら、失笑を……買いません。それどころか、「方向音痴な人は、動くものを目印にしている」と本気で信じている人は大勢います。いや、それは単に、動くものにばかり気を取られて、肝心の目印をちっとも覚えていないだけでしょう。本当に動くものを目印にしているのなら、次回も同じ場所に同じものがあればちゃんと辿り着けるはずですが、多分、そうではないでしょう。
 現象観察そのものは正しくても、解釈を誤れば、話がおかしくなります。 

 人や車など動くものを覚えていること自体は、周囲をきちんと見ている証拠であり、別に悪いことではありません。むしろ、動くものを何一つ覚えていない人の方が、観察力が欠如しているといえます。問題なのは、来た道を戻らなければならないのに、目印になるものを何も覚えていないことです。方向音痴な人は、何を覚えなければならないかを分かっていないのです。

 なお、「方向音痴な人は、動くものを目印にしている」との物言いは、方向音痴な人を揶揄する文脈でよく使われています。しかし、頓珍漢な解釈で人をバカにする行為は、感心できません。