方向音痴な言説

地図・ナビゲーションにまつわる俗説を取り上げます

『話を聞かない男、地図が読めない女』 (3) − 男は狩りをしない

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『話を聞かない男、地図が読めない女』 (2) − 男脳・女脳テスト

 男と女が異なる進化をしてきたのは、その必要があったからだ。男は狩りをして、女は木の実や果実を採った。男は守り、女は育てた。それを続けた結果、両者の身体と脳は、まったく別ものになった。 〔中略〕
 こうして何百万年ものあいだに、男と女の脳はちがう方向に進化していき、その結果、情報の処理のしかたまで変わってきた。 〔後略〕〔『話を聞かない男、地図が読めない女』文庫版p23〜p24〕

 書籍『話を聞かない男、地図が読めない女』文庫版(以下、『話を〜』と表記します)において、何度も繰り返しこのようなことが書かれています。上記引用文では、著者は原始時代を、数百万年前からだと見做しているようです。とはいえ、『話を〜』全体を読んでみると、実のところ著者が原始時代をいつからだと考えているのか、はっきりしません。ただただ、「原始時代、男は狩りをし、女は採集と子育てをした」という意味のことをひたすら繰り返すのみです。 

 人類の進化については、以下のリンク先が非常によくまとまっています。 

・ 序章 先史の世界
ア.人類の進化
http://www.yk.rim.or.jp/~kimihira/yogo/03yogo01_0.htm 

 上記リンク先より、引用します。

採集・狩猟
採集は食物の根や芋類、木の実などの果実を集めて食料とすること。狩猟は野生の動物を捕獲して食料とすること。採集はヒトは生物として最初から行っていたであろうが、狩猟が本格的に行われるようになったのは原人の段階からである。猿人の遺跡からも食糧としたとも割れる動物の骨が見つかるが、それらは猿人が狩猟で得たものではなく、他の肉食獣が倒したものの余りを頂戴していたに過ぎないらしい。猿人たちはむしろ肉食獣に食べられることが多かったろう。猿人化石の中には頭蓋骨にヒョウの歯形がついたものもある。人類が大型獣を狩猟で倒すことが出来るようになったのは火の使用が出来るようになり、精巧な打製石器を造ることが出来るようになった原人の段階からである。狩猟の最古の証拠とされるのが1997年にドイツの北西部の探鉱で見つかった約40万年前の槍であり、松の木で造った長さ1.8〜2.3m、近くからはゾウやサイ、シカ、ウマなどの骨も見つかっている。<三井誠『人類進化の700万年』2005 講談社現代新書 p.103>

 これによると、最古の狩猟は約40万年前らしい。かなり大型の動物を狩っていたようです。原始的な武器であることを思えば、驚異の狩猟成果です。
 その後、言語を獲得したことにより、道具の製作技術や狩猟方法を「文化」として継承できるようになったことで、より成功率が高く効率的な狩猟が可能になったのでしょう。 

 人類がいつ言語を獲得したかは、下記リンク先を参照しました。

・1.言語の起源を再検討する
http://www.pri.kyoto-u.ac.jp/sections/ninchi/research/dev/dev-1.html

 上記リンク先より、引用します。 

人間の祖先がいつの時代に今日の形式の言語を獲得したかについては、意見が大きく分かれている。10万年にすぎないという主張や、舌下神経の太さの計測から、30万年とする研究など百花繚乱であったが、遺伝学的知見はネアンデルタール人が我々のようには話せなかったであろうという方の可能性を支持している。少なくとも調音(articulation)は無理であった。子音の要素は不明瞭な、単純な音の表出段階にとどまっていたのではないかと考えられる。

 ざっと調べた限りでは、言語獲得は数十万年前〜10万年前であったという説が有力らしく、百万年以上前に遡るものではなさそうです。  

 現在わかっていることをまとめると、 

  • 人類の祖先は、もともと採集を行なっていたものと思われる。
  • 百万年以上前の時代においては、人類の祖先は狩猟により肉を獲得したわけではなく、他の肉食動物の食べ残しなどを漁っていたらしい。骨から肉を削ぎ落とす道具などは既に使用していた。
  • 狩猟が始まったのは約40万年前から。性別役割があったかどうかは不明。時代や地域により異なっていたかもしれない。狩猟の開始後も、従来通りの死肉漁りも続いていた可能性がある。
  • 採集による栄養摂取と狩猟による栄養摂取がどの程度の比率であったかは不明。これも時代や地域により異なっていた可能性がある。狩猟により高カロリーの食物が得られるが、一方で、狩猟の成功率は低いため、主要な食料供給源は採集であったとも考えられる。
  • 言語の獲得は数十万年前〜10万年前。
  • 初期人類がどのくらいの行動範囲を有していたかは不明。これも居住地域における食物獲得難易度によって異なっていたであろう。
  • 初期人類のナビゲーション方法は不明。これまた居住地域の地理的特性によって異なっていたであろう。 

……といったところでしょうか。 

 『話を〜』に話を戻しましょう。 

 だが思い出してほしい。もともと男は意思疎通ではなく、狩りを第一の役目として進化してきたことを。 〔『話を〜』p100〕

 『話を〜』において、「男の脳は狩りをするのに適している」といった意味合いのフレーズが何度となく繰り返されます。著者の言う「男」とは、もちろん現代の男のことです。
 ところが、実は男の脳は狩りをするのに全く適していません。古人類学や神経科学の成果を踏まえるまでもなく、ちょっと考えただけですぐ分かります。
 現代の男を、身一つで原野に放り出して、果たして狩りが出来るか?
 出来やしないでしょう。たとえ生死に関わる切羽詰った状況下でも、人間(男を含む)は、そうそう狩りなどしません。
 長期化した山岳遭難の事例を調べても、男性遭難者は、採集行動を取ることはあっても、狩猟行動は取りません。なお、採集対象は、水、木の枝、石などです。

 現代人にとって、狩猟とは、原始時代には存在しなかった猟銃と、よく訓練された犬を使い、熟練者にみっちり教わって、初めて出来る行為です。『話を〜』の著者が、ひたすら「男は狩りを〜」と繰り返し、それを受け売りする人たちが、これまた「男は狩りを〜」と唱和しているのを見る度に、辟易してしまいます。あんたら、狩りが出来るのかと。



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