方向音痴な言説

地図・ナビゲーションにまつわる俗説を取り上げます

男は方角と距離で指示すると迷いにくいが、目印と左右で指示すると迷いやすい?

 男性に道順を指示するとき、方角と距離で指示すると迷わず目的地に着きやすいが、目印と左右で指示すると迷いやすくなる。これは科学的に実証済みで、原始時代に狩猟をしていた男性は、方角と距離を把握する能力が発達したのだ――まことしやかにこんなことを言う人、それを信じる人、共に多いものです。
 この説には他にもバリエーションがいろいろありますが、いずれも「男性は方角と距離を(感覚のみで)正確に把握できる」という間違った大前提の上に成り立っています。
 もし、今この記事をお読みになっているあなたが、この説を本気で信じているなら、あなたの知人が以下のような話を持ちかけてきた状況を想像してみてください。


 ……まず、男性ばかり5人以上集めてきてください。あなたの知り合いの男性でもいいし、通りすがりの男性を捕まえてきても結構。5人以上でありさえすれば、人数はいくら多くても構いません。
 集まりましたか? じゃ、これからあなたと私で1千万円の賭けをやりましょう。おっと、賭博法がどうこうなんて言いっこなし。ここから先は、泣き言無用の厳しい勝負の世界です。私が負けたら気前よく1千万円出しますが、あなたが負けたら1千万円払ってもらいます。ほら、支払う旨の誓約書を用意してきましたから、ここに署名して印鑑押してもらいますよ。それであなたが借金しようがどうなろうが、私の知ったこっちゃありません。
 賭けは簡単。あなたが集めてきた男性たちに、道順を指示したメモを渡して、目的地へ行ってもらいます。指示方法は2種類あります。 

1.方角と距離だけの指示
 ・ここから南東19メートル
 ・東に曲がって60メートル
 ・北西に曲がって17メートル先が目的地 

2.目印と左右だけの指示
 ・ここからポストの見える方へ進み、ポストのある角で右に曲がる
 ・そこから2番目の電柱のある角で左に曲がる
 ・そこからまっすぐ進んだ先の花屋が目的地

 「方角と距離だけの指示」と「目印と左右だけの指示」、どちらの指示の方が正確に目的地に辿り着けるか、賭けましょう。
 私は「目印・左右」の方が「方角・距離」より正確に目的地に辿り着ける、ってのに1千万円賭けます。あなたはもちろん、「方角・距離」の方に1千万円賭けますね? なんせ、男性は「目印・左右の指示」より「方角・距離の指示」の方が迷いにくいことは科学的に実証済みだし、狩猟をしていた原始時代からそう決まってんだから、この賭け、もうあなたが勝ったも同然ですな。いよっ、私って、なんって太っ腹! じゃあ早速、始めましょうか……

 さて、あなたはこの期に及んでも、まだ「男は方角と距離で指示すると迷いにくいが、目印と左右で指示すると迷いやすい」と信じ続けますか?


 人間(男性を含む)は、感覚で方角・距離を正確に把握することが困難なので、不得手を補うための便利なツールを開発してきました。代表的な方角測定器はコンパスですし、各種の距離測定器もあります。
 建設作業現場で、道路上にペンキラインを引き、男性作業員に
「ここからペンキラインまでの距離は?」
と尋ねれば、男性作業員は、ペンキラインという「目印」なら、視力に問題でもない限り一発で認識しますが、距離は正確にはわからないので、早速ロードカウンターを転がし始めるでしょう。

 方角・距離に関しては各種の測定器があることからもわかるように、実は方角・距離測定は単純で機械的です。一方、目印の認識は、かなり高度で複雑な認知能力であるらしく、機械化は非常に困難です(→関連記事)。人間(男性を含む)は、簡単なことが苦手なのに、難しいことが得意という、面白い特性を持っています。
 ヒトがどうやって的確に目印を認識しているかは、今後の研究待ちでしょう。