方向音痴な言説

地図・ナビゲーションにまつわる俗説を取り上げます

『NHKスペシャル 女と男』(3) − 方角・距離・目印

関連過去記事
『NHKスペシャル 女と男』(1) − 概要 
『NHKスペシャル 女と男』(2) − 内容要約


 番組中の地図読み・ナビゲーション関連部分の要約は、前回記事を参照してください。以下、番組内容からの抜粋は青字で記載します。 

 地図読み・ナビゲーション関連部分の中心人物は、カナダ・レスブリッジ大学のデボラ・ソーシャー博士です。この人が本当にこんな調子の人物なのか、或いは、権威付けのために番組側に利用され、発言などを編集されているのかは不明です。取り敢えず、ソーシャー博士への評価は保留しておきます。 

 この番組では、「地図を読む能力」と「ナビゲーション能力」が混同されています。被験者に対して地図読みの課題を課したわけではないので、「地図を読む能力」については云々できないでしょう。がしかし、こんなことは些細な問題です。 

 どう見ても「方角・距離だけの指示(東へ曲がり60メートル進め、等)」より「目印・左右だけの指示(眠れる少年像のところで左に曲がれ、等)」の方が分かりやすいのに、男性被験者が道を間違えた回数は、前者が2.95回、後者が4.02回になっています。約3回と約4回、たった約1回の差に過ぎないとも言えますが、測定器も持っていないのに、本当に「方角・距離」だけでルート判断できるのか? 太陽が出ている時に「東へ60メートル行ってください」と言えば正しく到着できるのに、「左に見えるコンビニに行ってください」と言えば間違いやすい男性って多いのか? 会場などのロビーで男性客相手に部屋案内をする際、「右手の廊下を突き当たりまで行くと階段がありますから、2階に上がって3番目の部屋です」と言うより、「北西5メートル、上方向に7メートルです」と言う方が通じやすいのか? いくら何でもこの番組、おかし過ぎます。 

 番組内における言説は、ドリーン・キムラらの説から派生した劣化版言説をさらに一層劣化させたもののように見えます。
 キムラの「実験」の場合、実験デザイン自体の欠陥は指摘できたものの、実験結果の数値には、見るからに怪しい部分はありませんでした。キムラの出した結論も、「男性は地図上の方角と距離を、女性は目印や通りの名前を詳しく覚えている傾向がある」、「ルート学習には、目印などを覚えるより、方角・距離を覚える方が有効」といった具合で、批判の余地はあるものの、あからさまなトンデモ主張ではありませんでした。
 しかし、『女と男』では、明確に
「男性は方角と距離で指示すると迷いにくいが、目印と左右で指示すると迷いやすい」
と受け取れる主張をしています。 

実験手順について

 テレビ番組内で行なわれる実験では、実験手順を詳述しなくても何ら問題ではありません。しかし、これだけ怪しい結果を出して、胡散臭いエセ進化心理学的説明までこじつけて吹聴した以上、実際にはどんな「実験」だったかは気になるところです。

・実験者は方角と距離をどうやって測定したか?
 公園墓地の正確な見取図から割り出した数値なのか、はたまた測定器を使って測ったのか。
 実験では、方角は、東西南北4方向に南東・南西・北東・北西を加えた8方向で表示しています。仮にコンパスを使ったのだとすれば、ちゃんとコンパスの使い方をマスターした人が測ったのでしょうか。
 全くの初心者相手にコンパスの使い方を指導した経験のある人なら分かるでしょうが、最初のうちはなかなかコンパスがうまく使えないものです。道がどの方向に伸びているのか測るには、きちんと道の上に立ち、体の正面にコンパスを構える必要がありますが、(道の上に立たずに)離れた場所からコンパスを合わせたつもりになってテキトーに判断したりする人もいます。そんないい加減な測定、やっていませんよね? 

・情報の管理はきちんと行なわれていたか?
 既にがっちり証明されていることを再確認するためのデモンストレーション的な実験であれば、「ヤラセ・仕込み」も許容範囲かもしれません。しかし、再現性が確認されていないことを検証するための実験であれば、「ヤラセ・仕込み」など もっての外です。最初に結論ありきで事前に被験者と打ち合わせをしたり、コインの隠し場所をリークしたりなど、不適切な情報管理はなかったでしょうか。 

・その他
 実験舞台となった公園墓地は、被験者全員が知らない場所であったのか、或いは公園墓地を知っている人と知らない人がいたのか?
 道の分岐は何箇所あったのか(最大何回まで間違う可能性があるのか)?
 この実験では、ブラインド方式(間違いをカウントする人には、被験者の性別を分からないようにする)を採用していません。間違いをカウントする人の思い込みが数値に影響したのでは?
 被験者全員が揃ってスタートしたのか? それならば自分で経路を判断せずに、最初に歩き出した人(≒自信のありそうな人)について行く被験者もいたかもしれません。 

方角の判断について

 番組では、男性被験者は太陽の位置と時刻を元に方角を判断しているかのように言っています。しかし、これでは大雑把すぎて不正確です。中には、「アナログ腕時計の短針を太陽に向けたら方角がわかる」と言う人もいるかもしれませんが、この方法も決して精度は高くありません
 番組内の実験では、さほど精度の高いナビゲーションは必要ないようですが、それでも、「時刻と太陽」方式で、「東」と「南東」のように微妙な方角識別が、特に訓練を受けたわけでもない一般人にできるかどうか、甚だ疑問です。
 百歩譲って方角判断できたとしても、それは知識とコツの習得の問題であって、数百万年前の狩猟とは無関係です。大体、時計で時刻を見た時点で、原始時代のナビゲーションとはかけ離れた代物なんですが。 

距離の判断について

 番組では、男性被験者がどうやって距離を判断していたのか、述べられていません。ただし、実験舞台となった公園墓地は、明らかに「雪の無い平坦地」に該当しますから、歩測が有効ではあります。もっとも、歩測をマスターした人など、そう多くはないでしょう。また、男性被験者には歩測をマスターした人を抜擢し、女性被験者はそうではなかったとしたら、被験者の人選に問題大ありです。いずれにせよ、歩測もまた、数百万年前の狩猟とは全然関係無いことです。
 まあしかし、時刻と太陽で慎重に方角を割り出し、歩測にも熟達した人が、どうして「眠れる少年像のところで左に曲がれ」みたいな分かりやすい指示で間違うのか、謎は深まるばかりです。 



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