方向音痴な言説

地図・ナビゲーションにまつわる俗説を取り上げます

『所さんの目がテン! 方向音痴特集』(3) − 番組内の実験について

※このエントリを書いている3月2日時点で、当該番組がまだ放送されていない地域があります。以下ネタバレを含む記述なので、番組を未見の人はご注意ください。 

関連過去記事
『所さんの目がテン! 方向音痴特集』(1) − 内容要約
『所さんの目がテン! 方向音痴特集』(2) − 目印は大事 

 番組内容の要約は、第1回記事を参照してください。以下、番組内容からの抜粋は緑字で記載します。 


 この番組において、「方向音痴」という語は、漠然と「地図が読めない人」という意味で使われているようです。「方向音痴」をあまり厳密に定義しても仕方ないので、これは問題ないでしょう。 


 実験1(詳細住宅地図を使って目的地に行く実験)と実験3(簡略地図を使って目的地に行く実験)では、どちらも方向音痴でない男性3人方向音痴な女性3人を被験者に使っています。この「方向音痴である/ない」という本人申告(番組申告?)が本当だと仮定するなら、これらの実験は「方向音痴な人」と「方向音痴でない人」の比較でしかありません。男女の比較になっていません。被験者の人数が少ないとかいう以前に、「条件を揃える」という最低限のことをやっておらず、何の検証にもなりません。 

 実験1に使われた詳細住宅地図は、テレビ画面上ではややぼやけていて細部まで見えにくかったのですが、地図上に縮尺は書かれていなかったようです。だとしたら、距離はよくわからないはずですが、単に私が縮尺を見落としていただけかもしれません。ってか、縮尺を基に地図から距離を算定している男性って、そんなにたくさんいたっけ?
 実験1では、方向音痴でない男性が、「次は、右か...」「次は、左折と...」などと呟いています。決して、「次は、南南東か...」とは言いません。先行番組である『NHKスペシャル 女と男』では、確か男性は方角での指示だと迷いにくいが、左右での指示だと迷いやすいことになっていましたが、あれはどうなっちゃったんでしょうね。


 実験3で使用された簡略地図は、非常に興味深い。案内地図はかくあるべし、というお手本みたいなわかりやすい地図です。この地図は、番組公式ホームページ上で見ることができます。 

所さんの目がテン! 公式ホームページより
 方向オンチ簡単克服法
http://www.ntv.co.jp/megaten/library/date/12/02/0218.html 

 上記リンク先の2枚目の写真(神社あるでしょ、と書いてあるやつ)の右下がそれなんですが、画像が小さすぎて見えにくいですね。幸い、大きな画像をアップしてくれた人がいました。 

・ブログ 『Through the Media』 より
 2012年2月18日付記事 『意外な地図の読めない男』
http://tvlife.exblog.jp/15452263/ 

 念のため断っておきますが、私は個人ブロガーを一切批判しない方針です。私が批判対象にしているのはあくまでも番組制作者であり、番組内容を信じただけのリンク先ブログ主さんをどうこう言うつもりは全くありません。むしろ、地図画像をアップしてくれたことを感謝しています。その点、誤解なきよう。

 地図慣れしていない人が地図を読めない原因は幾つもありますが、一つには、地図上に記載された雑多な情報群から必要な情報をうまく抽出できない、というのがあります。
 ユーザーがどんな地図の使い方をするのかあらかじめ想定できない以上、地図製作者は汎用性のある一般的な地図を作るしかありません。しかし、

1. 出発地、目的地、ルートが決まっている
2. 道路上だけを通る 

の2条件を満たしているなら、地図をとことん簡略化することは可能です。情報の抽出・整理がうまくできない初心者に代わって、情報を必要最小限に刈り込んでやることにより、初心者にも理解しやすい地図が作れます。それが実験3の地図です。
 仮にこの簡略地図で誰も目的地に辿り着けないとしたら、簡略化の度が過ぎて、必要な情報まで省略してしまった場合だけでしょう。例えば、3箇所目の曲がり角にあるコンビニの近くに紛らわしい別のコンビニがあれば、確実に識別できるような情報を付記すべきでしょう。しかし、この地図で初心者でも問題なく目的地に辿り着けるのであれば、必要な情報はきちんと記載されていることになります。地図初心者でも辿り着ける簡略地図で迷ってしまう人なら、詳細住宅地図などなおさら読めないでしょう。
 先行番組である『NHKスペシャル 女と男』では、「東へ曲がり60メートル進め」というわかりにくい指示で迷わなかった人が、「眠れる少年像のところで左に曲がれ」というわかりやすい指示で迷うなど、摩訶不思議な光景が展開されましたが、『所さんの目がテン!』では、実験1と実験3の被験者は別人ということで、かろうじて奇妙さからは逃れています。
 道路上で決まった特定ルートを通る、という目的のために徹底的に地図を合理化すれば、進行方向を上にし、必要最小限の目印のみを記載した簡略地図に行き着くことは、ラリーのコマ地図を見れば明らかです。性別など関係ありません。それとも何ですかね、男性はラリーのナビゲーターには適さないとでも? 

 なお、実験1で使用した詳細住宅地図こそが、目印だらけの地図だといえます。実験3で使用した簡略地図は、明らかに「目印がほとんど無い地図」です。 


 実験の順番は前後しますが、実験2-a実験2-b(簡略地図を回転させる実験)を見てみましょう。番組公式ホームページ
http://www.ntv.co.jp/megaten/library/date/12/02/0218.html 
の1番目の写真が、実験2-a、実験2-bに使用された地図です。こちらは、画像サイズが小さいながらもはっきり確認できますね。
 えーっと、これは正に、実験3において、男性が迷うとされた地図そのものなんですが。方位記号も無ければ縮尺も無い。方角も距離もわからず、情報が極端に少なく、目印のみが描かれた地図です。それなのに、男性は迷わず目的地に辿り着いとるやんけ!
 まあ、この辺をつついたところで、
「短い距離なら男性でも大丈夫」
とか何とかその場しのぎの言い逃れをされるだけであろうことは目に見えているので、深追いはやめておきましょう。 

 実験2-bの様子が、男性被験者1人、女性被験者1人分放送されていました。観察したところ、地図を掲げるスタッフの動作に興味深い現象が見られました。
 男性被験者に対しては、被験者がスタッフの前で立ち止まってから地図を掲げる。地図を下ろす動作はややゆっくり。
 女性被験者に対しては、被験者がまだ歩いているうちに地図を掲げる。地図を下ろす動作はやや速め。
 地図を掲げる役のスタッフが、果たして全ての被験者に対してそんな調子だったのかは何とも言えませんが、都合の良いデータを得るために、実験者自身が誘導的な操作を(意図的にではなく)無意識のうちにしてしまうことはよくあります。偏見が容易に入り込みやすい分野においては、実験者自身のバイアスを排除するよう実験をデザインする必要があり、てけとーな実験では信頼性のあるデータは得られません。
 番組からは話が逸れますが、実験者の偏見混入やデータのいい加減な取り扱いについて、良い入門書があります。 

背信の科学者たち − 論文捏造、データ改ざんはなぜ繰り返されるのか』
 ウイリアム・ブロード、ニコラス・ウェイド 共著  牧野賢治 訳
 講談社ブルーバックス
背信の科学者たち―論文捏造、データ改ざんはなぜ繰り返されるのか (ブルーバックス) 


 番組の話に戻りましょう。
 実験4(ショッカーに気付くかどうかの実験)について。
 この実験は、どれだけ目印を気にしているかの検証になっていません。せいぜい言えることは、ショッカーに気付かなかった人は観察力不足、という程度です。ショッカーはナビゲーションにおける目印にはなりません。
 確かに、周囲をよく見ていないと、致命的なナビゲーションミスを犯しやすくなります。車を運転している時、漫然と前の車のテールばかり見ていて曲がり角を見落とした、なんて経験のある人もいるでしょう。その意味では、周囲への観察力とナビゲーション能力との間に、多少の関連性はあるかもしれません。
 ただ、実験4の被験者(通行人)の多くは、番組ロケ地である街路を初めて歩いた人ではないでしょう。既にその街路を何度も歩き慣れた人ではないかと思われます。既に記憶済みの場所を行く際には、あまり周囲を見なくてもナビゲーション上 特に差し支えはありません。

 ...次回エントリに続きます。



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