方向音痴な言説

地図・ナビゲーションにまつわる俗説を取り上げます

人間の空間認識能力は低いが、地図は読める

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地図を読むには、空間認識能力より言語能力の方がはるかに大事

 空間認識能力とは、物の形状、位置、大きさ、形状、距離などを立体的に把握する能力のことです。そして、空間認識能力と地図読み能力は過剰に結び付けられています。
 しかし、地図と現実空間は異なります。地図というものは、現実世界の特徴物をデフォルメ・記号化し、人間にとって興味があるものを誇張する一方、人間にとって興味のないものを切り捨てて描画した模式図です。例えば、「道路」は人間にとって非常に重要ですから、地図上では過大に描出されています。他方、「樹木」は、「道路」や「建物」に比べて粗雑な扱いです。百年後もその場に残りそうな樹木よりも、十年以内に付け替えられたり取り壊されたりしそうな道路や建物の方を、地図は優先的に描いています。通常の人間にとって、樹木はいちいち識別できる特徴物ではないからです。それに、「等高線」なんていう実体のない仮想線も地図には描きこまれています。高低情報も人間にとって重要ですからね。
 地図を読むにあたって、地図描画に関する「お約束ごと」を事前に学習する必要があります。現実世界に存在する物体に個別の記号を割り当て、「等高線」のような仮想線は共通理解可能な規則に従って描出することにより、地図上から情報抽出していくことが可能になります。こうした作業に、さほど高い空間認識能力は必要ありません。記号化・抽象化されたシンボルに規則にのっとった意味づけをして図示し、それを読み手が読解していくのですから、むしろ言語理解に近いです。 

 空間認識能力は、移動能力を持つ動物なら多かれ少なかれ持っています。昆虫の脳にも備わっています。あ、もちろん昆虫にもちゃんと脳はありますよ。神経節がちょっと膨れたような感じですが。スペックが同じなら、より軽量コンパクトな方が高性能に決まっていますが、人間よりもはるかに小さな脳で、人間よりもはるかに高い空間認識能力を持つ動物はいくらでもいます。
 ヒトよりはるかに高い空間認識能力を持つ動物の例として、高速飛行する猛禽類の動画をご覧ください。ハヤブサオオタカの背中に小型カメラを取り付けた見事な映像が堪能できます。 

・Flying with the fastest birds on the planet: Peregrine Falcon & Goshawk - Animal Camera - BBC(動画、英語) 
https://www.youtube.com/watch?v=p-_RHRAzUHM 

 ハヤブサオオタカは、飛んでいる小鳥を追いかけ回して狩る性質があります。上記リンク先動画の前半部は、海岸などの開けた場所に棲息するハヤブサを、後半部は疎林に住むオオタカを収録しています。
 動画の前半で、ハヤブサが上空から急降下し、地面に激突寸前で急上昇に転じる場面があります。当然ながら、自身の降下速度や地面との距離を一瞬で把握し、地面と衝突しないように絶妙なタイミングで身体コントロールしなければ、こんな芸当はできません。
 動画の後半では、疎林の中を自在に飛び回るオオタカ目線の映像ですが、よく見ると、前方に見えているのが枝であればよけているのに、葉っぱであればそのまま突っ込んでいます。空間認識能力のみならず、瞬時の判断力も大したものです。
 動画中のハヤブサオオタカはもちろん素晴らしい能力の持ち主ですが、別にエリートハヤブサ・エリートオオタカではないでしょう。人間に捕まってカメラを取り付けられるぐらいだから、むしろダメハヤブサ・ダメオオタカなんでしょうが、それでもどんな人間よりも高い空間認識能力を持っています。もちろん、鳥類はおしなべて高いナビゲーション能力を持っています。 

 しかし、どれほど高い空間認識能力を持っていても、それだけでは地図は読めません。記号化されたシンボルに、現実世界と対応可能な意味があることを理解していなければ、地図は読めないんです。
 現在のところ、言語能力を持つと断定できる動物は、ヒトしかいません。ヒト以外に言語能力を持つ動物候補に挙がっているのは、チンパンジーなどの一部霊長類、クジラ・イルカ類ですが、異論も多く、現時点では断定的なことは言えません。
 絶滅したネアンデルタール人は、現生人類よりも大きな脳を持ち、言語能力を持っていたのはほぼ確実視されていますが、咽頭の構造上、ネアンデルタール人はうまく喋れなかったようです。ネアンデルタール人の指は現生人類よりも太く、したがって握力が強く凍傷になりにくいのですが、一方で指先の器用さには不利だったようで、書き文字言語を操っていたとも考えにくいです。身振り言語や、声の高低・抑揚・強弱などによる言語を使っていたのかもしれません。  

 ヒト以外の動物はともかく、人間の場合、地図を読む能力に関しては、地図を読む必要性のある生育環境にいたかどうかも大きな影響を及ぼします。特に地図を読む必要性がなかったために、高度なナビゲーション能力を持ちながらも全く地図を読めない人については、私の過去エントリ「地図を読む能力」と「ナビゲーション能力」は別物で紹介していますし、私以外にも言及している人がいます。 

・ブログ ふぃっしゅ in the water より 2013-09-05付記事
 世界はひろいな 3  <地図>
http://d.hatena.ne.jp/fish-b/20130905/1378330100 

 「地図を読む能力」と「空間認識能力」を同一視、もしくは過度に結び付けている言説には要注意ですね。