方向音痴な言説

地図・ナビゲーションにまつわる俗説を取り上げます

ベストカーWeb記事”超わかりにくくね!? オジさんはなぜナビをノースアップにするのか問題”への反響を見る

 『ベストカーWeb』2022年6月11日付記事をきっかけに、カーナビの「ノースアップ/ヘディングアップ」問題が取り沙汰されているようです。

 

・超わかりにくくね!? オジさんはなぜナビをノースアップにするのか問題 
 https://bestcarweb.jp/feature/column/429957 

 同じ記事の Yahoo News 版はこちら。 https://news.yahoo.co.jp/articles/2d00ed187bc2c858d48d898b14bb38d545616078 

 carview! 版     https://carview.yahoo.co.jp/news/detail/d5c02a15d38485bf97a0a416633ecf35c09cc3f3/ 

 本稿では、元記事の内容よりも、記事への反響に言及することにします。
 Yahoo News 版 及び carview! 版のコメント欄に注目。 
 個人の好みの問題であれば他人がとやかく口出しする筋合いはありませんが、相変らず地図読みに関する俗説が幅をきかせているのが見て取れます。 
 当ブログでは無名の個人をあまり批判したくないので、いちいち引用しません。 

 いい機会なので、地図読み・ナビゲーションにまつわる俗説を斬っていきましょう。 

 

カーナビをヘディングアップに設定している人は方向音痴 

 これは、「地図を進行方向に合わせて回す人は方向音痴」という俗説の変形バージョンです。当ブログでは、過去記事でこの俗説を何度となく否定してきました。 

地図を正置(整置)してみよう!
地図をクルクル回す人は、なぜバカにされるのか?
『所さんの目がテン! 方向音痴特集』(4) メンタルローテーションの過大評価
心的回転(メンタルローテーション)の日常例 
山岳誌『山と渓谷』、「地図を回す人は地図が読めない」という俗説を否定  

 そもそもこの俗説は、『話を聞かない男、地図が読めない女』というトンデモ本の影響で広まった説です。この本を見破れなかったこと自体が問題ですね。 

 

ヘディングアップにすると方角が分からなくなる 

地図を正置(整置)してみよう!でも指摘しておきましたが、カーナビでは大抵の機種で画面上にコンパスマークが表示されていますから、少なくとも南北方向は分かるはずです。 

 

ヘディングアップにする人は空間認識能力が低い

 先述の通り、『話を聞かない男、地図が読めない女』の影響でまことしやかに語られるようになっただけであり、本来ならまともに取り合う必要はありませんでした。地図を回す人はメンタルローテーション(心的回転)能力が低い、という説が基になっています。
 しかし、心的回転(メンタルローテーション)の日常例であれこれ例示したように、レストランの席でメニューを回したり、逆さまに立てた楽譜を引っくり返したりする行為と同様、読みにくく掲示されたものを読みやすく回転するのはただの合理的行為にすぎません。回さずに読めたとしても、ただの珍芸自慢にしかなりません。 

 

ノースアップは客観的、ヘディングアップは主観的

 まずは当たり前のことを確認しておきましょう。地図をノースアップにしようがヘディングアップにしようが、地図の情報量は同じです。主観/客観の問題ではありません。地図から得られる情報量に差がない以上、分かりやすさや効率は、人間工学やヒューマンエラー防止の観点から論じることになります。
 例えば、ハンドルを右に切ると右に曲がる自動車と、ハンドルを右に切ると左に曲がる自動車、どちらも自動車としての性能は同じですが、人間工学的には前者の方が優れています。

 

ノースアップにした方が道を覚えられる

 運転中はカーナビ画面をチラ見程度しかしないでしょうから、モードによって道覚えに差が出るとは考えにくいです。運転時に画面を凝視していたら危険運転であり、すぐ止めるべきです。
 運転中ではなく、運転前や信号待ち、停車休憩時に見ているのだと反論されるかもしれません。それならそんなふうにこまめに地図チェックをして現在地や行き先を考えているから道覚えがよくなったのであり、ノースアップとは直接の関連はないでしょう。
 「朝にバナナを食べるように心掛けたら痩せた」という主張を考えてみましょう。朝バナナをきっかけに食事内容や運動を制御するようになったから体重減少した可能性が高く、バナナ自体に痩身効果はないと見なされるでしょう。食べるだけで痩せる食物は、古くなった生牡蠣とか腐ったミカンとか、体に悪そうなものばかりですから。 

 

ヘディングアップは天動説・自分中心座標系、ノースアップは地動説・絶対座標系

 逆です。ヘディングアップは地動説的・絶対座標系、ノースアップは天動説的・自分中心座標系です。的確でない例え話は空疎なだけです。 
 なお、天動説=誤り、地動説=正しい、と考えられがちですが、日常では天動説で生活しても差し支えありません。むしろ、天動説支持的生活をしていないと支障が出ます。
 例えばわれわれは、「太陽が東から昇って南中してから西に沈む」と、さも太陽が自分を中心に回っているかのような言い方を普通にします。朝になって「太陽が昇った」と言うのは自然な言い回しです。地動説的に「地球が自転して東京地域が太陽の照射方向に入った」なんて言い方をしても、わずらわしくて意味不明なだけです。 
 ナビゲーションの話に戻りましょう。自分を中心にし、自分からどう見えるかを基準にした座標を「自分中心座標系」、地面を基準にした座標を「絶対座標系」と呼ぶことに異存はないでしょう。自分中心座標で見ると、カーナビがノースアップだと地図が固定されているように見え、ヘディングアップだと地図がクルクル回っているように見えます。天動説ではあたかも太陽が自分の周りを回っているように見えるのと同じですね。 
 では、地面を基準にした「絶対座標系」で考えたら? なんと、ヘディングアップこそが地面に対して固定されています。だからこそ、自分がどこを向こうとヘディングアップでは地図の向きと現地の実際の方角が常に一致しています。一方ノースアップだと、自分の向きに合わせて地図が回ってしまい、地図の向きと実際の方角が一致しません。 

 

ヘディングアップにしている人は自己中心的

 先述した「自分中心座標系」というのは、あくまでも座標軸の原点が自分であるというだけの意味にすぎません。ところが「自分中心」という言葉には、「わがまま、身勝手、他人のことを考えない」という意味合いもあるので、単に字面が似ているというだけの理由で「ヘディングアップにしている人は自己中心的」と論を飛躍させる人もいます。先述の通り、自分中心座標系なのはノースアップの方ですし、座標系の採用方法と性格は無関係です。 

 

ノースアップだと広く全体が俯瞰できる。ヘッディングアップだと目先しか見えない 

 これは、ノースアップかヘディングアップかの問題ではありません。縮尺の問題です。
 大縮尺地図だと狭い範囲の細部が詳細に分かり、小縮尺だと全体を見渡すのに便利です。
 ある目的のためにどんな手段を採用するのか分かっていないと、見当はずれなことを言うようになります。 

 

実際に走行している時はヘッディングアップにしていても、事前に走行計画を立てる時はノースアップがよい 

 これは、あまりにも無意味な言明です。定義に立ち戻りましょう。ナビ画面地図を現地の実際の向きに合わせるのがヘディングアップです。では、事前に計画を立てる時は? そう、現地に実際にいるわけではないので、ヘディングアップにしようがありません。頓珍漢にも程がありますね。