方向音痴な言説

地図・ナビゲーションにまつわる俗説を取り上げます

『はなまるマーケット』方向音痴克服法 − 前半トンデモ後半マトモ、激しすぎるコントラスト

  2013年10月7日、TBS系列のテレビ番組『はなまるマーケット』内のコーナーで、「方向音痴克服法」の企画が放送されました。詳しい内容は、下記リンク先で読むことができます。 

・七転八起 
 [はなまるマーケット] 方向音痴 克服法 10月7日 地図アプリ Map Fan eye こっちナビ 
http://blg.mania-info.com/?eid=4675 

・TVでた蔵 
 2013年10月7日放送 8:30 - 9:55 TBS はなまるマーケット 
http://datazoo.jp/tv/%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%BE%E3%82%8B%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%B1%E3%83%83%E3%83%88/673610 

  最初のリンク先『七転八起』より、番組内容の前半部分を引用します。 

諏訪東京理科大学 共通教育センター教授 篠原菊紀先生
・女性が地図を回すのは、自分から見た順序でルートを捉えるのが得意だから
・男性は、東西南北のある方向に目的地があるという「空間認識力」があり
 地図を空から見たようなルートで捉える方法が得意

http://blg.mania-info.com/?eid=4675

 篠原菊紀氏といえば、2012年に「窓ふきで方向音痴が克服できる」と言っていた人ですね。 

 「地図の読み方に男女差がある」というのは典型的な俗説であり、拙ブログで既にさんざん批判してきましたが、番組放送直後であり、検索により当記事を読みにくる人もいると予想されますから、俗説の成立と流布過程についてまとめておきましょう。 

 ナビゲーションするとき、男性は方角と距離を元に俯瞰的に把握、女性は目印を順番に追う 
という俗説(各種バリエーションあり)の元になったのは、カナダの研究者ドリーン・キムラ(日系人ではない)による1993年の論文であろうと思われます。しかし、この論文は全く話にならないお粗末な代物で、地図読み能力ともナビゲーション能力とも関係ない、ただの線なぞりです。 
ドリーン・キムラ − 何を調べているのかさっぱりわからない「実験」 

 地図読み・ナビゲーション方法の性差にまつわる俗説は、2009年放送の『NHKスペシャル 女と男』、2012年放送の『所さんの目がテン! 方向音痴特集』などを通じて広く流布され、現在では多くの人が信じています。両番組の批判記事を、過去に拙ブログで書いています。  
『NHKスペシャル 女と男』(1) − 概要
『NHKスペシャル 女と男』(2) − 内容要約
『NHKスペシャル 女と男』(3) − 方角・距離・目印
『NHKスペシャル 女と男』(4) − ナビゲーションと古人類学と 

『所さんの目がテン! 方向音痴特集』(1) − 内容要約
『所さんの目がテン! 方向音痴特集』(2) − 目印は大事 
『所さんの目がテン! 方向音痴特集』(3) − 番組内の実験について
『所さんの目がテン! 方向音痴特集』(4) − メンタルローテーションの過大評価 

 今回の『はなまるマーケット 方向音痴克服法 』では、2012年放送の『所さんの目がテン! 方向音痴特集』と全く同じミスリードをやっています。最初の方で、方向音痴な女性二人と方向音痴でない男性二人に地図を持たせ、目的地に行かせるデモンストレーションをしていますが、過去記事で書いた批判文を一字一句変えることなくそのまま使えます。この「方向音痴である/ない」という本人申告(番組申告?)が本当だと仮定するなら、これらの実験は「方向音痴な人」と「方向音痴でない人」の比較でしかありません。男女の比較になっていません。被験者の人数が少ないとかいう以前に、「条件を揃える」という最低限のことをやっておらず、何の検証にもなりません。 

 『はなまるマーケット』では、篠原菊紀氏が「女性は自分から見た順序でルートを捉えるのが得意」という主旨の発言をしていますが、男性も同じです。自分から見た順序でルートを捉えるって、当たり前じゃないか。しかも、相も変わらず地図を回す行為を揶揄するような調子ですが、これも過去に批判j記事を書いています。 
地図を正置(整置)してみよう!
地図をクルクル回す人は、なぜバカにされるのか?
『所さんの目がテン! 方向音痴特集』(4) − メンタルローテーションの過大評価 
 ここで書いておいたように、オリエンテーリング選手や山岳読図をしている人などは地図を回して実際の向きに合わせて読んでいますから、地図を回す人をバカにしていると、いつか痛い目を見ます。実際、初級者以前の全く地図を読めない人が、地図を回して読む上級者をバカにするという、痛すぎてシャレにすらならない場面を何度も見たことがあります。因みに、地図読みの上級・中級・初級・一般(初級以前の人)の定義は、「地図が読める人」って、どんな人?を参照のこと。 

 番組でば、男性は東西南北把握、俯瞰的把握であるかのように言っていますが、東西南北がすぐ分かると豪語する人でも、実際に検証してみると全然分かっておらず、単なる思い込みに過ぎないことはよくあるものです。 
「ドボン」に はまる人たち 
 山における道迷い遭難は、踏み跡を見失ってしまうことが引き金になります。踏み跡は「線状特徴物」というランドマーク(目印)であり、ランドマークを順に追えなくなれば、男女関係なく容易に道迷いします。また、遭難者は男女問わず、方角が大幅に違っていても気付きません。例えば、奈良県・薊岳付近での道迷い遭難では、正規ルートと遭難パーティが迷い込んだ谷とでは方角が全く違います。因みに遭難パーティメンバー12名は引率教諭2名も含め、全員男性です。別の例を挙げれば、登山道を外すときで例示したCさん(男性)の場合、Cさんが下った涸れ沢と正規登山道はほぼ90度方角が違いますが、Cさんが道迷いに気付いたのは「身の危険を感じるほど傾斜がきつくなった」からであり、決して「方角が違うから」ではありません。他にも、男性は方角を把握していないことを示す傍証となる道迷い遭難例なら山ほど挙げることができますが、男性が方角を把握している傍証は挙げられません。登山の際にはコンパスを携行するように言われるのは、性別を問わず、人間は方角がわからないからです。  

 また、地図を見慣れた人であれば地図上の配置をよく暗記しているでしょうが、当然ながら、地図慣れしているかどうかの問題であって、性別による認識差の問題ではありません。さらに言えば、地図読みの中級者〜上級者であれば、単に地図を上から見下ろして配置を把握するだけの段階にとどまらず、さらにその先に踏み込んで、地図上での描出物が実際にどう見えるかを思い描くことができるようになります。 
地図が読めない人は、地図を俯瞰的に把握している 


 という具合で、番組前半は、たったこれだけの短時間によくもまあツッコミ所ばかり詰め込んだものだと呆れるほどトンデモのオンパレードでしたが、後半はガラリと様相が変わります。オリエンテーリング選手の小泉成行氏が登場。この人は、2012年に『あさイチ スゴ技Q もう迷わない!方向オンチ克服法』 にも出演していましたね。 
 小泉氏は、 

1.一番の基本は、現在地を把握すること 
2.現在地を把握したら目的地まで行くルートを決める 
3.無理をして最短距離を選ばず、目印がある大きな道路を選ぶ 
4.地図の向きを実際の道路とあわせたら、進行方向を向くように自分が回りこむ 
5.現在位置に指を置くことで自分の移動した場所や進行方向をわかるようにする  

など、地図読みの基礎となるポイントを伝授。どの項目もオリエンテーリングで実地に使われている地図読み技術です。例えば、

2.現在地を把握したら目的地まで行くルートを決める
というのは、オリエンテーリングにおけるプランニングに該当、

3.無理をして最短距離を選ばず、目印がある大きな道路を選ぶ 
は、オリエンテーリングにおけるエイミングオフという技術に該当、

4.地図の向きを実際の道路とあわせたら、進行方向を向くように自分が回りこむ 
地図の向きを実際の道路と合わせる技術は、拙ブログで何度も言及してきた「正置(整置)」該当。一度地図を正置すれば、地図の向きと現地の実際の方向が一致しますから、あとは地図を回さずに自分のほうが回りこむようにすればOK。 

5.現在位置に指を置くことで自分の移動した場所や進行方向をわかるようにする 
は、オエリエンテーリングにおけるサムリーディング(thumb reading)に該当。 

 ・・・・・・トンデモ番組がいきなりマトモな番組に変身。ってか、前半部と後半部が全く繋がっていませんね。
 小泉氏が指導した方法は、性別とは関係ない地図読み技術です。「女性は自分から見た順序でルートを捉えるのが得意だからこういう方法で、男性は東西南北で俯瞰するからこういう方法で...」なんてニセ科学丸出しのアホな指導は、オリエンテーリングではやりません。地図を回すのは女性特有ではなく、オリエンテーリング選手もやります。
 いっそのこと、前半部は全部カットして、地図の正置のやり方をもっと詳細に放送すればよかったのに。「向こうに見えるビルは地図上のこれ。今立っている場所はここ。だから地図をこうやって合わせて...」という感じで、もっと掘り下げて番組に盛り込めば、「方向音痴克服法」の企画名にふさわしい内容になったでしょう。 
 

 結論。
 方向音痴を特集する番組で、「脳科学」「男女差」が出てくれば、トンデモである可能性が極めて高い。
 オリエンテーリング選手やアドベンチャーレーサーが登場すれば、マトモな内容になる可能性が極めて高い。

 今回の『はなまるマーケット』は、両者を一緒くたに詰め込んだ、ある意味 濃厚な番組でした。
 

奈良県・薊岳付近での道迷い遭難

 既にかなり報道されていますが、2012年8月13日、奈良県明神平に登った中学生10名、引率教諭2名、計12名のパーティが道迷い遭難し、翌14日、薊岳付近で発見され、無事全員が下山しました。
 ニュース記事をリンクしておきます。 

朝日新聞関西
 奈良・明神平、12人無事に下山 倒木多く、道に迷う
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK201208150029.html  

 上記リンク先より、引用します。ただし、個人名は伏せます。 

 同日夕、会見した引率のM教諭(59)によると、合宿最終日の13日午前に下山を始め、昼食までは計画通りだった。ところが前年までの台風のためか、倒木が多くて道が分かりづらく、右折すべき分かれ道を直進して道に迷った。夕方、水が尽きかけた時、川べりにたどり着いた。その先の道は険しく、引き返す体力もないと判断し、その場で夜を明かした。

 上記の朝日新聞記事より、発見場所の拡大画像もリンクしておきます。
http://www.asahi.com/kansai/gallery_e/view_photo_feat.html?kansainews-pg/OSK201208150043.jpg 

 ニュース記事の地図は粗すぎてよく分かりません。該当場所の国土地理院地形図を以下にリンクします。

国土地理院 地図閲覧サービス(ウォッちず)
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?longitude=136.05754828591&latitude=34.361360692883 


 山岳遭難に関するきちんとした検証記事を書く能力のあるメディアは、『山と渓谷』、『岳人』などの山岳誌あたりに限られ、新聞・テレビなどは今ひとつです。したがって、現時点でこの道迷い遭難に関してあまり立ち入ったことは言えません。各報道を見ても、矛盾した記述もあり、まだ情報錯綜段階らしく、きちんと情報整理されるまでに時間がかかりそうです。
 報道では、遭難パーティが登った明神平は初級者向けの山であることが強調されているようですが、これは天気が良かった場合の話で、悪天候下では難易度は一気に跳ね上がります。好天時には迷う方が難しそうなはっきりした登山道であっても、豪雨や濃霧で視界が悪いと迷ってしまうことはよくあります。13日の遭難当時、当該山域は激しい雨が降っていたようです。 

 国土地理院の地形図を見ると、薊岳(1406m)から大鏡池(1182.9m)方面に下る登山道(破線で表記されています)を進んだ場合、まず薊岳からは緩やかなアップダウンのある狭い尾根歩きで、標高1300mあたりがちょっとしたピークになっています。このピークから西北西に伸びる尾根上に登山道がついていますが、もう1本、南方向に大きな尾根が派生しており、遭難パーティはこの尾根を下っていったものと思われます(※注記 : 続報により、推測した道迷い地点が誤っていることが判明した場合、書き直します)。
 地形図では、正規登山道のある尾根は、1300mピークから標高を20mほど下げるまで尾根の出っ張りがはっきりせず、ピークからの出だし部分が曖昧な尾根であることが分かります。登山道のついていない南方向への尾根の方がよっぽど尾根らしく見え、うっかり誘い込まれてしまうのも納得がいきます。要するに、いかにも迷いやすそうな地形であり、こういった場所で迷うのは典型的な道迷いパターンです。同様の理由から、大鏡池付近も要注意ポイントです。
 地図を見れば迷いやすそうなことは事前に察しがつくから、狭い尾根歩きが終わり広めのピークに出た時点で警戒し、地図とコンパスで進路の確認を取れば、間違うことはなかったでしょう。正規登山道のある尾根と、南に派生する尾根とでは、90度以上も方向が違うのですから。
 ただし、豪雨の際は、地図とコンパスを出すこと自体が鬱陶しくなります。GPSを持っていても、雨に打たれて一発でパーになってしまうことを恐れて取り出しにくくなります。悪天候の中、早く下山してしまいたいと思う焦りが、余裕の無さを生むかもしれません。

 現時点で、憶測を重ねて物を言うのは賢明ではないでしょう。とは言え、道迷い遭難における代表的なケーススタディではありそうなので、きちんとした検証記事が上がるのを待ちたいところです。

 末尾になりましたが、全員無事下山したことをお喜び申し上げます。

『あさイチ スゴ技Q もう迷わない!方向オンチ克服法』 − 良番組だが気になる点も

 2012年7月24日、NHK総合あさイチ』で、方向オンチ克服法が特集されました。 
 放送内容については、番組公式ホームページ上で確認できます。 

・『あさイチ』公式ホームページより
 スゴ技Q もう迷わない!方向オンチ克服法
http://www.nhk.or.jp/asaichi/2012/07/24/01.html 

 私はこの番組を見逃してしまいました。2次情報に基づいて判断するのは危険ですが、一応ウェブで確認できる範囲内で、気になる点を書いておきます。 

 番組公式ホームページによれば、取材協力者として名前が挙がっている人物は、村越真氏、新垣紀子氏、小泉成行氏の三人。
 村越真氏は、拙ブログにおいても山岳読図界の二大巨頭及び全く地図を読めない人が、突然地図を読めるようになることはあるか?の両記事で言及しています。
 新垣紀子氏に関しては、おススメ良記事 − 『スムーズに目的地に着く方法』で言及しています。
 小泉成行氏について過去記事で言及したことはありませんが、オリエンテーリング界では有名な人です。
 番組内では、三者とも実践に裏打ちされた現実的で具体的なテクニックを指導しており、公式ホームページを見る限りでは良番組です。 

 では何が気になるかと言うと、放送当日(7月24日)新聞のテレビ番組欄においては、タイトルが『あさイチ スゴ技! 方向オンチ克服できる 脳科学で解決』になっていることです。
 実際の放送内容は、脳科学とはほとんど関係ありませんから、番組公式ホームページでは『脳科学で解決』のタイトルは消え、『もう迷わない!方向オンチ克服法』のタイトルになっています。 

 で、ここからが本題。
 この番組、実は当初 脳科学絡みの内容を盛り込む予定であったのが、本放送を前に脳科学部分が急遽カットされたのではないかと推測されます。放送当日、別のニュースに押されて『あさイチ』放送開始時間が遅れたそうなので、その影響だったのかもしれませんし、或いは別の事情によるものだったのかもしれません。
 放送されなかった脳科学部分を含む番組内容紹介記事があります。 

NHKあさイチ【方向オンチ克服法地図使い方道覚え方目印空間認知力有川正俊】詳細情報
http://topicsnow.blog72.fc2.com/blog-entry-5965.html 

 内容は番組公式ホームページの記事とほとんど同じですが、公式ホームページには記載されていない【空間認知力】の項目があります。この部分を引用しておきます。

空間認知力

地図を見たとき、人間の脳では「空間認知力」が働きます。空間認知力とは物の位置関係を
把握する能力で、建物が実際にどう並んでいるのかとか、目的地までの距離を頭の中で
イメージするときに使います。空間認知力が働くと、脳の「頭頂連合野」という部分が活動
します。この活動を高めることで、地図を見たときのイメージをより具体的にすることが
可能になります。

篠原教授が勧める、空間認知力を高めるのにいいトレーニングの一つが「窓ふき」です。
窓を地図に見立てて、自分と窓の関係を大きくつかみ、現在いる場所をスタート地点、
窓の隅を目的地だとイメージします。そのイメージを応用して地図を見ると、頭頂連合野
働くことがわかりました。

<取材協力>篠原菊紀さん(諏訪東京理科大学 共通教育センター教授)

 【空間認知力】の項目のみが、他項目から浮き上がりまくって異次元世界を形成しています。
 他の三人は、実際的な地図の読み方・ナビゲーションのテクニックをアドバイスしているのに対し、篠原教授のアドバイスは・・・・・・・・・・・・・・・ 

窓ふき 

 いや、窓ふきそれ自体は大いに結構。適度な運動になりますし、何より、きれいな窓は見ていて気持ちがいいものです。こういう単純だが建設的な作業は、大いに推奨したいですね。
 ただ、窓ふきは窓をきれいにするためにやることであり、どんなに窓を拭いたところで方向音痴は克服できません。
 方向音痴を克服したければ、実際に街などに出て自分でナビゲーションして経験値を上げること。肝心なことをすっ飛ばして明後日なことをやっても仕方ないでしょう。
 「地図が読めるようにならない」教材 − 悪用されるメンタルローテーション・テストの記事でも触れておきましたが、「空間認識能力(空間認知能力、空間能力)を高める」と称して、実際の地図・ナビゲーションを無視した方法を薦める教材などには要注意です。 

 もし仮に脳科学部分も放送されていたら・・・・・・いい感じで順調に番組が進行し、最後はきれいに締めくくるかと思いきや、窓ふきオチがついてズコ――ッ!! となっていたのでしょうか。
 ともかく、実際の放送では脳科学部分はカットされて何よりです。